先代インコさんのこと

長寿インコのピー様

私は子ども時代に「ピーちゃん」というセキセイさんを飼ってました。ここ最近、ピーちゃんのことがとても思い出されるので、いちど書きたいと思っていたピーちゃんのことを書こうと思います。(長文になると思われますのでお時間のあるときにでも読んでくださったら嬉しいです☆)

ピーちゃんは私が小学5年の頃、母の友人の家から譲り受けました。
体はパステルイエローで、クチバシはオレンジ色、ほっぺのエプロン(ピョロの場合は群青色の部分)が白、お腹だけ綺麗なエメラルドグリーンでした。(今思えば、なんて言う種類なんだろ?羽には特に模様はついてませんでした。)

Img_1671 私にとっては初めてのペットだったのでとても嬉しかったのを覚えています。
ピーちゃんは推定、生後5-6ヶ月くらいは経っていたと思われます。
手乗りかどうかは特に聞かなかったものの、インコ本を読んで手乗り訓練を試みた結果、「手を差し出すといちおう手に乗る」ということはできるようになりました。

ケージの中に入っていた白い輪っかのブランコと、鏡のオモチャが大好きでした。
放鳥すると、真っ先に母の三面鏡の上へすっ飛んでいって、自分の姿を映してさえずってました。
私の場合は主に頭の上に乗り、兄に対しては肩に乗って、時々兄の鼻の頭をチロチロと舐めてました。(インコって変な習性があるんだな~)と子ども心に感心しました。

ピーちゃんが呼び水(?)になって、その後うちには一時期カナリア2羽、ピーちゃんのおよめさんとしてペット屋さんから迎えた♀のセキセイさん(ピヨコちゃん)、兄が拾ってきたセキセイさん(風切り羽を切られていて、トテトテ道路を歩いていたらしい)など大所帯だった頃もありました。
が、ほどなく次々に亡くなってしまい、最後は長い間、ピーちゃん一羽が暮らしてました。(ペアリングは失敗したようで、ピヨコちゃんと子作りすることはありませんでした)

おっとりしていて、男の子だけど「ピーちゃん」と自分の名前しかしゃべれませんでしたが、私はピーちゃんが大好きでした。
でも、そのうちに、自分が中学、高校と進んで、部活やら勉強やら、ピーちゃんより優先するものが増えてお世話は主に母にまかせてしまい、ピーちゃんにはたまに声をかけたり、遊んだりといった感じになってしまいました。
一緒が嬉しいインコさんなのに、普段ピーちゃんは2階の和室に一羽で日向ぼっこをしていました。たまに家族が2階にあがってくると、トトトト・・・・と止まり木を行ったり来たりして、「遊んで」とアピールしてましたっけ。今思えば寂しい思いをさせてしまいました。

その後進学で私が実家を離れて以来、ピーちゃんとは普段は離ればなれでしたが、ピーちゃんは心の中では家族の一員でした。
私が大学3年生の頃には、ピーちゃんはすでに10才を越えていたと思います。
「長寿インコだね」ということで、祖母の家に遊びに行った時に黒板にピーちゃんの絵を描いたら、祖母は亡くなるまで大切にその絵を消さずにいてくれました。

その頃、たまに会うピーちゃんはかつてのような元気さはなく、ケージ内を飛び移ることはできなくなっていて、クチバシと足でケージ内をはっていました。(ピーちゃんも年を取ったんだなぁ。。。)と思ったのを覚えてます。

「ピーちゃんが亡くなった」と母から電話をもらったのは、私がもう社会人になって数年Img_1669 経ってましたから、ピーちゃんは結局15年くらい生きたことになります。
「ピーちゃんは素直に、淡々と生きてた。えらかったよ。」 最期は餌箱の中で、安らかな顔をして眠るように亡くなっていたそうです。電話口でその様子を聞いていたら、涙が出てきました。その後実家に帰った時に、ピーちゃんを埋葬したという庭の梅の木の根本に十字架をたてて、お墓を作ってあげました。

それから2-3年経ったある日。

私と祖母がたまたま同時に実家に帰ることがあり、帰宅すると、両親が神妙な顔をして
「不思議なことがあったんだよ」と言います。
聞けば、例の梅の木が弱ってきたので、たまたま私たちが帰省する前日に父が思い立って切ったそうです。
すると木の切り株に、鳥が餌をついばんでいるような模様が浮き出ていた、と言うのです。

見せてもらったところ、幹を何本か切った側面のどれにも確かに、金太郎飴のように鳥の姿のような模様が、年輪の上に染み出るように浮かび上がっていました。

「これはピーちゃんなのでは。おばあちゃんやあなたに会いたくて出てきたんじゃないの」

と母に言われて、はじめはちょっとびっくりしたものの、なんだか嬉しくなりました。

切り株は一個もらって来て、今も家の神棚に飾ってあります。

ピーちゃんが、先代ピョロ、今のピョロとの縁もつないでくれたような気がしています。
思えばインコ臭好き(!)も、ピーちゃんから始まったようなものですし。。。

ピーちゃんピーちゃん言ってますが、実は自分の中では列聖して「聖(セント)ピー様」ということになっています

子どものころの私の飼育状況と言えば、ほとんど母任せで反省することばかりです。
ピー様、ごめんなさい。そしてありがとう。
ピー様、どうぞピョロのこと、見守っていてください。

ピー様です↓

Photo_2

ほとんどピー様の写真を撮ってなかったので、今となっては貴重な一枚になってしまいました。
巣箱のドアを開けたり閉めたりして、カタンカタン音をさせるのが好きなこでした。
(白黒なんて、相当昔っぽいですが・・・。単に当時美大生だった兄が、一眼レフで白黒写真を撮るのに凝っててこうなっただけなのです~

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ピョロちゃん一世のこと

こんにちは。このブログの管理人、エミ~ゴです(^ー^)ご訪問ありがとうございます☆

今日は、私がピョロ美の代理で(?)書きます。

ピョロとは、偶然通りかかったペットコーナーで出会いました。

小学生の頃セキセイインコを飼ったことがあったので、なにげなく、通りすがりにかごをのぞくと、まだ粟玉をもらっている中ヒナくらいのセキセイインコがいました。私の顔を見て、

「トットットッ」

と近寄ってきました。

・・・カワイイ!Mobmain_2

それまで、特に「インコを飼う」なんて頭になかったのですが、この子を飼ってみようか?という気に、次の瞬間なっていました。

一応頭を冷やすためにその日は家に帰り、翌日またやってくると、えさをパクムシャと元気についばんでいました。そしてその日には、我が家にやってきたのでした。

まだ粟玉を食べていたのですが、私があげようと試みるとあまり食べないので、さっさと普通のからつき餌に切り替えてしまいました(→今思うと、粟玉の作り方がヘタだっただけだったのかも知れません・・・)。

Img_1847_2  水道の水の音を聞いて、はじめて鳴いたのが「ピョロッ!」でした。それで、「ピョロ」ちゃんになりました。

ピョロは生後2ヶ月の男の子(と、言われていた)でした。

手によく慣れていて、耳の下をおとなしくカキカキもさせてくれました。

はじめプラケースに住んでいたのですが、あまりにもバタバタと「出せ出せ」と騒ぐので、家が狭すぎるせいか?と思って大きなカゴに早速移しました。でもその後も、蝉のようにオリにしがみついて、「出せー!」とパタパタ小さな羽を羽ばたかせる、暴れん坊でもありました。

から付餌の中ではカナリアンシードが大好きで、そればかりつまんでは食べてました。

1週間も経ったころ、夜家に帰ると、ピョロが止まり木でなくオリの下にいました。

電気をつけると、片足をびっこを引いているのです。

急いで獣医さんのところへ連れて行くと、「骨折です」と言われ、ギプスを巻かれました。

Img_1876 ギプスをされたピョロちゃんです。

ギプスが気になりつつも、一生懸命羽繕いしています。

またプラケースに戻すように言われ、小さいプラケースに引っ越し・・・。Img_1872

3日ほど留守にすることになったので、もともと獣医さんのペットホテルに預けようと思っていたのですが、「入院」ということになりました。

3日ぶりに迎えに行ってみると、ピョロは元気でした。でも、ギプスが気になっていじってしまうから、という理由でエリザベスカラーを巻かれていました。

Img_1934 家に帰ってきてからも、変わらず食欲旺盛なピョロでしたが、エリザベスカラーが気になって仕方ないようでした。

相変わらずカナリアンシードばかりつついているので、インコ飼育本を読んでいた私は、「バランス良く食べて!」と怒ってました(インコ本には、「カナリアンシードはカロリーが高く太る」って書いてあったので・・・)。

Img_1940

この日、少しだけ放鳥してあげると、ピョロは骨折した足を引きずって、見ていて痛々しかったです・・・。

その翌朝。大きなウンコでギプスが汚れていたので、夜獣医さんのところへ取り替えてもらおうと話してました。

夜、家に帰ってみると、プラケースの中でピョロが倒れているのが見えました。

一瞬何が起こったのかわからず。

とにもかくにも、獣医さんのところへ車を飛ばしました。予約していた時間より早かったのですが、急患ということで診てもらいました。

酸素ボンベをくちばしにあてたり、心臓マッサージなども施してくださったのですが、ピョロはもう生き返りませんでした。

骨折が引き金になって弱って死んでしまった可能性と、エリザベスカラーが邪魔で餌が十分取れず、死んでしまった可能性もある

と、獣医さんに言われました。

今朝まであんなに元気だったのに・・・と、ボーゼンとして、

小鳥って、ほんとに突然、弱ったらあっというまに逝ってしまうんだ・・・と知り。

うちに来てから、まだたった3週間しか経っていませんでした。

のちに、ピョロを迎えたペットショップで、プラケースに住んでいた子を普通のカゴに移すときは慎重にしなければいけない、そうやって骨折する子も結構いるのだと聞き、飼い主が無知だったために死なせてしまったのでは、と申し訳なさでいっぱいになりました。餌が十分食べられていない、ということを察知してあげて、もっとスプーンであげるなり、配慮してあげればよかった。こんなことなら、好きなだけカナリアンシードを食べさせてあげれば良かった。エリザベスカラーなんて取ってあげれば良かった。ギプスをいじって取っちゃったら、何度でもつけてもらいに行けば良かったのだ、と・・・。

Img_1953 ピョロちゃんの葬儀を執り行った日、空にピョロちゃんが小さな羽を羽ばたかせているような雲が出ました。

ピョロは帰っていったんだなー、とおもいました。

気落ちして(もう当分鳥は飼わない)とはじめ思っていたのですが、もともとインコに興味のなかったオットが「またインコをお迎えして、今度こそちゃんと育てよう」とお迎えに積極的だったこともあり、ペット屋さんにピョロの写真を渡して「またこういう子が入ったら教えてください」とお願いしていて、うちへやってきたのが今のピョロ(二世)です。

うちに来た時「だいたい生後40日」と言われていて、さかのぼるとピョロ一世の命日くらいだ、Img_2486と気づき、 ピョロが生まれ変わってやってきてくれたんだ、と思ったのでした。

→うちに来たばかりの頃のピョロ。

小柄ですが、今度こそ、細いながらも丈夫な足を持って生まれてきました。

そして、今度はちっともカナリアンシードを食べません。前回私に叱られたのを覚えているのでしょうか・・・?

一度、ピョロ一世のこともふれておきたいと思ったのと、ヒナをこれからお迎えする方々に、私の経験が少しでも参考になればと思ったので、書き記しておくことにしました。長文になってしまいましたが、最後まで読んでくださりどうもありがとうございました。

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